銀盤にて逢いましょう 続

     *これまでの一連の作品とは別枠のお話です。
      転生ものです、CPも微妙ですが異なります。
 



実はすでに成人、20歳なのだというの、言われなきゃあ判らなかろう風貌で。
端正な細おもては頬骨も立ってはなくの、どちらかといや妖冶な嫋やか系。
まだ大学生だということもあり、髪も撫でつけずにいるところといい、
線も細くて細っこい肢体といい、
スポーツなぞには縁のない、理系か文学青年にしか見えない彼だが。
ひとたび、意識を絞り込んでのリンクの中央に立てば、
まとう空気感からしてがらりと変わる。
龍眼というのだろうか、眦がぎゅうと吊り上がった いかにも鋭い双眸が、
その上 やや下方から睨み上げてくるような、それは挑発的な態度から入るからには、
間違っても愛の詩を切々と歌い上げる内容ではないらしい。
ほのかにラメ感のあるベルベット生地で仕立てられた衣装が、
痩躯をより引き絞っての鋭い印象を際立たせ。
まるでようよう鍛え上げられた闘剣のような、険しい鋭さを総身に孕んでおいで。
官能的なバイオリンの紡ぎ出す調べも物悲しい、ソレアで始まるプログラムは、
反転の弧を幾つも描く連続ターンでその幕が上がりはしたが、
切々と哀切を訴える奏でが、中盤からは激しき格闘思わす曲想に転じ。
切れのいいステップやジャンプを豪快に披露して、
場内のファンを余さず絶叫させるほどの熱狂に酔わせた末に、
嵐のような喝采の中、
白銀のリンクが投げ込まれるバラのブーケで埋まるほどもの騒ぎとなったという。

  そうまでの大騒ぎが報じられた翌日

同じ大会の女子の部 フリーが催され、
前日の男子の部の激戦と興奮冷めやらずという同じリンクが、
打って変わってそれは華やいだ姫嬢らの舞いで彩られ。
中でも、今シーズンのダークホースと密やかに囁かれていた存在、
北国から参加した虎の姫、もとい、スズラン娘が、
場内の男女を問わないファン層を多きに沸かせた。
そちらもまた高校から始めたという初心者でありながら、
高度なターンを息をするよになめらかにこなし、
平地でもそうまで跳べないだろうほどの安定感あるジャンプをこなし。
藤色の衣装の チュチュのような短いスカートの裾を、
そのなめらかな滑走に乗せ、振り切るようにたなびかせつつ。
居るはずのない誰かを切なげに追ったかと思えば、
その身を撒いて吹き荒れる嵐と戦ってでもいるかのような、
凄絶な速さと切れを存分に発揮して、
高さのある多回転技、
トリプルルッツ、トリプルループのコンビネーションジャンプを鮮やかに決める。
ティンパニの響きも勇ましき、ドラマチックな曲想に合わせ、
恋しいお人を奪っていった魔女との息をもつかせぬ丁々発止の戦いのような
それは見ごたえのある構成を、
要所要所きっちり押さえて決めてゆく丁寧なスケーティングは、
初めて観たギャラリーをも ぐいぐいと引き込み引きつけてゆくばかり。
冗談抜きに無名も無名、この夏あたりから地元デビューを果たしたばかりの新人で、
予選以降、それはめきめきと順位を上げて来た“台風の目”だったそうで。
練習用のリンクや高名なコーチを押さえにゃならないとか、
各地への遠征を重ね、大会に多く出て出場実績を作らにゃならぬとか、
諸々様々な要件の関係で、資金が必要にはなるものの 都心ほど勝手がいい。
地方だとどうしても、技術的な難度や完成度を競う段になってハンデが出て来る
…なんて言われていたのは何の種目のお話か。
彼女を取り巻くスタッフも ほとんどがずぶの素人の集まり、
伝手もコネも持たぬ身ながら、それでも驚くほどの短期にて全国紙が注目し、
今や、男子の芥川くん、女子の中島さんというのが、
フィギュアフリークの間では知らぬ者のない“トレンド”扱いとなっているほど。
スポーツで有名な学校に通ってもなければ、地元のリンクに所属もしてはなく、
何より、リンクを降りた普段日頃の彼女は、
クォータででもあるものか、風貌こそやや目立つそれではあるが、
人性や性格はといや 所謂天然で大人しく。
春の精もかくやという、それはふんわかした当人の雰囲気が、
男性のみならず女性ファンも惹きつけてやまぬ。
自分が支えてあげないと、
この頼りない子は都会の意地悪な奴らに当たられて傷つくに違いないと、
母性のようなものをくすぐるらしく。
それぞれが今時なファンを抱えてか支えられてか、
流動的な点では芸能界並みの十代ファンの心を ググっと掴んで離さない、
男子女子のそれぞれの、今期のホープさんたちであるのだが……。




「だーかーら。
 何度言ったら判るんだよ、此処はリフトじゃなくてツイストリフトだろ?」
「そちらこそ何度言ったら聞き入れるのだ。そんな余計なもの、組む必要はない。」

リンク上は二人きり、リンク周辺にも人影はないに等しい空間に、
随分と張りのあるお声での主張が飛び交っては、残響伴い響き渡る。
リフトというのは男性スケーターが女性の相棒を肩より上まで高々抱え上げる技で、
頭上でバランスを取る相棒の腹あたりを手のひらで支えて見せたり、
手のひら同士を押し合う格好、腕一本同士で支えてやったりという形になる技で。
ツイストリフトは、ツイストというだけあって、
ペアの女性を頭上へ ぐりんとスピンさせつつ放り投げる技。
再び男性側が受け止めてもよければ、そのまま着氷してもよく、
高さを稼げるところを利用し、そこで多回転ジャンプを披露するペアもいる。
…この人たちがこなす代物だからか、それとも書き手が荒くたいからか、
技を連呼するとプロレス技に聞こえてしょうがないのはもーりんだけだろか。(笑)
首周りを温める二ットのスヌードに細い顎先を埋め、
暖かそうなニット帽をかぶった氷上の貴公子様が、
細い眉をしかめるといかにも閉口気味にふんと息をついて見せ、

「放り投げるなぞ、危険だ。」
「あのね。相手はボクだよ?」

判ってる? ユアンダスタン?と言わんばかり、
記憶のある身にはお懐かしい、指抜き型の手袋を装着した
開いた手のひらでウィンドブレーカの胸元をパンパンと叩く敦ちゃんだったりし。

「そりゃあ大してキャリアはないから信用ならないのかも知れないけど、
 こういうのは経験値よりも呼吸が合うかどうかでしょうが。」

白銀の少し長いボブヘアを、濃色のボア生地の幅広ヘアバンドでヌクヌクふんわりまとめ、
立てた細い指を振り振り、随分 憤慨気味にまくしたてる姿は、
可憐な風貌は初見そのままだのに 威勢が良くてなかなかにおっかない。
初対面の頃の慎ましさはどこへやら、
憧れだか恋心だか、本人もよくは判らぬ想いから逢いたいなぁと思ってたお相手が、
実はようよう知ってる元相棒だと “思い出して”からというもの、
どんどんと遠慮がなくなってゆき、実はお転婆さんだったんだなぁという本領発揮で、
割と頻繁にこんな調子で噛みつき合っており。
慣れのないスタッフは、大注目のスター選手相手に何てことをとハラハラしているが、
覚えのある顔ぶれにはこれもまた懐かしい風景でしかなく、いっそ微笑ましいほどだ。

「芥川の方も、そろそろお嬢さん扱い辞めてやりゃあいいのに。」

ははっと笑って中也がそう呟いたのは、
芥川サイドのスタッフチーフでありながら、女性同士ならではなのか 敦嬢の心情に通じていようから。
過去を思い出したればこそ、元のような遠慮会釈もない、でもだからこそ
対等という扱いの中で 実力を認めてもらっている呼吸に戻りたい敦かも知れず。
だっていうのに何かにつけ、お嬢様扱いというか
頼もしき腕の中へ囲われている姫様のような扱いをされるのがどうにも歯がゆいらしい。
まず感じるのが “他人行儀”な扱いだってこと。
何てことない日常のあれこれでレディファーストが出るのはまま我慢できるが、
実力をぶつけ合う場だろうリンク上でのあれこれへもそれを引っ張って来られると、
こちらが随分と庇われているようでムッとするのだろう。
今時の女性ならでは、ましてや……と、
歯がゆいお嬢さんである その心情は彼とて判るのだろうに、

「芥川くんが慎重なのは、ウチとしちゃあ有り難いんだけどもね。」

太宰が、そちらは敦嬢の付き人でありながら、
元教え子の紳士的な想いをついつい考慮してやっていたりする。
何もこのままシングル捨ててペアを組もうというのじゃあない。
エキシビジョンにて即席に組むだけの話で、
今シーズン最初の足慣らし的大会だったこともあり、
何かあってはシーズン自体へ響こうと、つい慎重になってしまう芥川なのも判る。
出会えればそれでいいというゴールに辿り着いたとはいえ、
じゃあそういうことでと何もかんも放り出して引退するのも何だということから、
このままスケート界に居残る所存の彼らであるからには、
シーズンを思い残すことのない成績で飾りたいじゃあないか。
そうと思えばこそ、無茶をするのはどうかという意見をしている芥川なのであり。
道理を説く側と無謀なことを言う側、昔とは真逆なのもまた何だか笑えるなぁと、
さして歳の差はないながら、それこそ経験値の差大な保護者らが苦笑する。

 “…それにしても。”

性懲りもなく少し滑っちゃあ喧嘩になっている二人は、
彼らが納得せねば決着しない問題で揉めているのだ。
ツアーポイントが付く演技競技の話でなし、外野としては今のところは様子を見るしかない。
それよりも、と。
自分のすぐ傍らに立っての通路に添うた手すりへ腕を載せ、
前世で後輩だった再会カップルの性懲りもない口喧嘩を
しょうがねぇななんて苦笑している人物へこそ、
ついのこととて視線が向いてしょうがない太宰であり。
そういや前世でも、主に身長の関係とか、あとはそういう面立ちの有効利用として、
カップルでないと入れない場所への潜入なんて任務では
彼の側がそりゃあ愛らしく、はたまた華やかに女装した経緯も結構あって。
とはいえ、日頃の大猩々ぶりをようよう知ってる身としては、
どれほどの美姫に化けようと笑いが込み上げるばかりだったはずなのに。

 “何てまた、ちゃんとした美人さんでいるものか。”

ただ美麗なだけじゃあない、何でも自力でこなせる頼もしい女性であり、
芥川とは武闘のサークルで知り合ったというから、
ちいともフェミニンなことには縁がないらしいのに。
しょうがねぇなと目許をたわませるお顔の、何とも蠱惑的で温かいことか。
前世と同じ赤い髪は蜜を掛けたように甘い色合いでつややかで、
小柄なのも同んなじなその上、
リンクという寒い場所だけにふっかふかのニットを着込んだ姿がやや幼く見えもするものの、
やや大人の女性らしい十分な色香とそれから、
懐の深そうな、ぎゅうと抱きしめて撫で撫でしてほしいと甘えたくなるような
これが母性の片鱗かと思わすような豊かで切なる雰囲気をたたえており。

 面倒見がいい人柄に、それのセットは不味くない?

だあもう しょうがねぇなと、見てらんないって手を伸べた相手が勘違いしない?
芥川くんはその辺判ってる子だから大丈夫だったろけれど、
他で要らないストーカ男とか引き寄せてない?
はははなんて大口開けて笑っても、そんな美人さんでは がさつに見えない。
それどころか前よりかちゃんと女意識して行儀良くなってるしさ…。

 「……む〜。」

自分だって相変わらずのいい男、
春の桜花か初夏の白百合か、
それは麗しくも整った目鼻立ちへ知的な深みという影を負い、
人懐っこいくせにその懐へまではなかなか踏み込ませない、
相変わらずの罪な振る舞いで、
リンク内の目ざとい女性陣から注目されておいでの太宰が、
そんなこんな思いつつ、若い二人を見やる元相棒の横顔を盗み見ておれば、

 「中也さぁん。」

リンクの中ほど辺りから、
温かそうに完全武装した敦嬢がしゃっしゃっとエッジを軽快に鳴らしつつ、
やや膨れもってやって来て、手すりを兼ねた柵越しに中也に腕を延べて甘えてくる。
中也の側もそれは甘く笑うと腕を伸ばして懐を開き、
やや遠いからこそぎゅむと力強くハグしてやって、
どうした?と目顔で訊けば、

「あの分からず屋、叱ってやってくださいよぉ。」

芥川ったら ボクをブタって言うんですよ、
おや、それはいただけないねぇ。

「叱られるのはそっちだ、愚者め。」

やつがれはそんなこと言ってはない、そう言いだしたのは貴様だろうが。
だって、ボクが重いから ツイストリフトも デス・スパイラルもやってくれないんだろ?
だーかーら、たかがエキシビジョンの即席演技だというに何でそこまでの大技入れる必要がある。
大丈夫だって言ってるじゃないか。
い〜や、万が一にも怪我をしたらどうするのだ。
これでも身は軽いんだぞ?
そうなのか? 以前のように何でもないところで電柱にぶつかっているのではないのか?
そう言うお前こそ何でそうまでガリガリなままなんだよ、筋肉つけろ。
無駄がない作りなだけだ。
そぉかなぁ? ボクが抱えてツイストリフト出来ちゃうんじゃあないか?
何だと?! (銀色のロマンチックにありましたな、それ) 笑

 「ありゃまあ。」
 「何だろうね、この二人。」

もしもあったなら後背に立てた尻尾を膨らませ、
背中を弓なりに起こして ふしゃーっと威嚇し合ってる猫同士のように、
喧喧諤々言い合う彼らだが、
敦嬢は中也の懐にお顔を半分埋めたままだし、
芥川は心持ち太宰の方へ身を寄せていて“そう思いませんか”と同意を求めていたりする。
お互い相手のチーフマネージャーへ懐いている珍妙な構図であり、
しかもチーム内で一番発言力があろう存在がそんな甘えようを苦笑交じりに許すとは、
どんだけ仲の良いことかを自然体で示し合っているようなもの。


ちなみに、今関わっている大会での順位はまだ決まっていない。
昨日、男女ともにショートプログラムが終わったところで、
今日の午後にも男子のフリー演技がある予定。
だというに、各部門の優勝者が選ばれて披露するエキシビジョンの呼吸が合うよう、
早々とそっちの練習を手掛けている人たちであり、
まま、ちゃんと優勝できたとしても、
なら尚のことシングルの演技を求められこそすれ、
ペア演技をというサプライス演出が彼らに降って来るとは限らぬだろうに。

 「いや、そこはどうとでも働きかけ出来ますから。」
 「だな。そう持ってった方が会場だって沸くだろし。」

………おいおい おいおい。
溺愛の挙句、モンペになるコースはやめてよね。




     〜 Fine 〜    18.11.25.


 *……というお話、誰か書いてくれませんかね?と投げたんですが、
  続きが読みたいというお声が上がってたので、
  とりあえず、後半、駆け足で固めた設定で書いてみましたよ。
  太宰さんは敦くん側のスタッフです。
  何かいきなり“喧嘩ップル”な芥敦ですが、
  どんな仲だったかを固めてなかったので、
  とりあえず人目がある場ではこんな感じで。笑
  むしろ、太宰さんと中也さんの方に夢を見すぎておりますよ、このおばさん
  自分でもびっくり。